古本屋さんとデモの関係

嶽本 のばら 作家

文筆家なんて明日をも知れぬ生業。そのうち手堅い職に就こう。しかし今更会社勤めも出来ぬだろうから、古本屋でもやりたいなあ…と、いつも考えます。同業と将来のことを語りあえば、皆、一様に「古本屋でも」と口にする。「古本屋をやりたいあ」ではなく、あくまで「古本屋でもやりたいなあ」。この「でも」が肝心。パイロットになりたい人は、決して「パイロットにでもなりたいなあ」とは申しません。銀行員も然り。「古本屋でもやりたいなぁ」という中には、どこか諦めきった想いと、ラクして気楽に暮らしていきたいといういい加減な気持ちがあるのです。お好み焼き屋さんなんかも、同じです。
きっと古本屋さんは、俺達はヤル気があるし、この仕事、そんなにお気楽じゃないゼとお怒りになられることでしょう。でも、どんなに商品が整理整頓、充実、こだわりをもって並べられていても、古本屋さんのご店主は、人生を憂う気力すらないくらいにやる気がなく、かといって食い詰めた様子もない、中途半端なボンヤリさんに映るのです。多分、古本屋の主人にはそうあって欲しいという願いを託しているからこそ、そのような偏見が生じるのでしょう。そう、ヤル気を出されては困るのです。古本屋さんのご店主は、ボンヤリしているからこそしみじみとした趣がある。元気いっぱいに「有り難うございました!」といわれると、客としては戸惑ってしまいます。レジの作業を済ませたらお客への礼もそこそこに、さっきまで読んでいた古書に眼を落すくらいが、丁度良いのです。

そんなものですから、僕は目録を毎月きちんと発行する古本屋さんや、インターネットで情報を提供しお客を開拓しようとする古本屋さんの前向きな姿勢を、つい疎んじてしまいます。実際、そういったサービスは非常に重宝するのですが、なんかねぇ、情緒が失われてしまうような‥‥‥。こんな想いを託されては、古本屋さんとしては甚だご迷惑でしょうね。すみません。

そういえば、実際、ボンヤリした古本屋さんというのは、どんどんなくなってきました。僕が古本屋さんに足繁く通っていたのは中学生から二十歳くらいまででしょうか (因みに一九六八年生れです)。その頃は稀に、ワゴンセールで見つけた本が、初版本や稀覯本ばかりを扱うお店に行けば、とんでもない値段で売られていたという嬉しい体験をしたものです。初めてそんな想いをしたのは、ボーボワールの『サドは有害か』。古本市で百円で買ったのに、京都のとあるお店に行ったら、初版という理由だけで四千円の値がついていたのでピックリ。家に帰って百円の『サドは有罪か』の奥付を見たら、それも初版。以来、古本屋さんで本を購入するときは、必ず奥付を確かめる、嫌なコになってしまいました。

今はどんなボンヤリしていそうなお店に入っても、価値のあるものにはそれなりの値段がつけられています。『GORO』なんかのバックナンバーが一部の専門店を除けば二束三文で売られていたのが、急にプレミアという意識が世の中に蔓延し、どこのお店もそれに目覚め始めた時期というのが、年代ははっきりいたしませんが、ありました。あのプレミア・ブーム以来、古本屋さん巡りはつまらなくなってしまったような気がいたします。鳴呼、もう真にボンヤリした古本屋さんは存在しないのでせうか。別に得がしたくて古本屋さんに入る訳ではないのですが、そしてそれなりに膨大な知識さえあれば掘り出し物はまだ見つけられるとは思うのですが、執拗にプレミアにこだわるスノッブなお店でも、町でつつましくエッチな雑誌から全集まで脈絡なく扱うお店でも、情報が均一に流通した結果、同じ価値観で価格帯が決定してしまうことになってしまったという現在の状況は、妙に退屈な状況なのではないかと思えます。

古本屋のご主人様方、興味がないにもかかわらずプレミアをつけるなとは申しません(つけておかないと損しちゃいますからね)。目録作りに励むなとも申しません(労働は美徳であります)。でも、でも、せめて時代のニーズにあわないからといって、健康的な古本屋に生まれ変わろうという気持ちだけは持たないようにして下さいませね。若い女性も違和感なく入れる地中海をイメージした全面硝子張りの太陽の匂いがする古本屋なんて、作ろうとしてはなりませんよ。そんなの古本屋のマインドに反しますよ。所詮は秘すれば花な世界でございますよ。あの、最近台頭している、まるでコンビニエンスストアのように入りやすいチェーン展開の古本屋なんて、気にすることはありません。あんなの古本屋じゃないもん。

古本屋巡りの好きな人というのはすべからく、古本屋独特のじめっとした、どこか虚無的、猥雑かつ知的な雰囲気を愛しているのだと思います。コンビニな古本屋なんて、只、猥雑なだけです。

嶽本 のばら

1968年1月26日、京都府宇治市生まれ。美術、音楽、演劇など様々なジャンルでの活動を経て、90年、雑貨店「SHOPへなちょこ」店長に。同時期にフリーペーパー『花形文化通信』編集に携わり執筆活動を開始。昨年5月『それいゆ~正しい乙女になるために』(国書刊行会)を上梓。乙女派の不思議な文章には多くのファンが。

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