たくましい古本 ふがいない新刊

吉村 智樹 フリーランスライター・放送作家

最近たて続けに2冊の新刊を出したので、これを読んで僕のことを知った新たな読者が旧刊にも興味を示してくれ た。ありがたいことだ。
新たな読者が、僕がやっているできそこないのホームページ (断じて謙遜ではない。見てもらえばわかるが全然ダメだ) やメール、お手紙、はたまた街で「以前にお出しになった本も読みました」と書きこんだり、声をかけてくだ さる。ライター冥利に尽きる。

ただ、みな一様に、こう付け加える。「実は古本屋さんで買ったん です。どうもすみません」。

なかには新刊も古本屋・古書店で買ったとカムアウトする人も。誰かが買って一読した瞬間にハタと閉じてそれを 売り、しかも瞬く間に誰かに買われたわけだ。

どうも誤解されているらしい。みな古本屋で本を買うことは著者にとって腹ただしいことだと思っているようだ。

とんでもない!

著者にとって自著が現在も古本屋で回転していることは喜び以外のなにものでもない。

僕の出した本はどれも通勤通学電車のなかで読み終ってしまうような、しかも電車に長く乗っていると読み切ってしまい何駅か退屈な思いをするようなドウデモ本ばかり。買ったはしから即効大型古本店の100円ワゴンに直送される運命にあるが (そういう本を目指して作っているので、まったくそれで構わない。 望むところだ)、ワゴンからさらに手に取ってもらい二巡三巡されるとなると「いい人に買ってもらってよかったな」と、捨て犬が拾われるのを電信柱の陰で見守っているような嬉しい気持ち になる。正直、いまの僕は古本屋で僕の本を買ってくれた新たなファンに支えられて生き永らえていると思う。

もうひとつ、著者が古本屋に自分の本が並んでいるのを嬉しく思う理由に「古本屋でしかまともに本が鰐入できない現状」がある。

実際、僕の旧著、いや出して2ケ月しか経っていない新刊であっても、都心の大型書店ですら書棚に並んでいることは稀だ。

ところがブック・オフに行けば、たいていの店で入手できる。第一、僕自身が出版社へ営業に行く時は、先方へ見せる原稿サンプルとして旧著を古本屋に買い求めに行く。一度、編集者に 渡した本が僕のサイン本だった時は穴がなくても掘って入りたくなるほどコッ恥ずかしかったが、かつてのサイン本まで著者の手に戻ってくるなんて、古本が届けてくれた素敵なミラクル である。「店内放送のマイクパフォーマンスがやかましすぎる」「某宗教団体の資金源」など、あまりよい噂の聞かないブック・オフだが、僕にとってはオールドロックが比較的容易に入手 できるタワーレコード的存在であり、重宝させていただいている。

それに地方の郊外都市を車で取材していると、国道沿いにブ ック・オフ、あるいはそれに類した(パクった?)ファミレスクラスの大型古本屋をしょっちゆう目にするが、新刊書店はほとんどと言ってよいほどない。 雑誌の一部はコンビニで買える にしても単行本は古本屋を通じ てでしか購入できない。

都市部に住んでいる方はピンと来ないかもしれないが、地方 都市は考える以上にモータリゼーションによって機能しており、 日本の大部分の読書習慣はもはや駐車場を有した古本屋によっ て成り立っている。古本屋は、もはやある種のノスタルジーや ロマンティシズムとは違った、衣食住と並ぶ絶対必要なものな のである。我々書き手も、古本の読者によって持ち堪えている といって過言ではない。

ではなぜ、旧著ならいざ知らず、発売間もない新刊まで一般 書店では買えなくなったのか。なぜ相対して古本屋なら買うこ とができるのか。それは個人の買い取りとは別ルートに乗った 本があるからだ。中小の出版社の出版物は、古本屋ではじめて 陽の目を見ることが本当に多い。

出版は構造的にとてつもなくおかしなことになってきている。 本が売れない時代と言われながら、96年からこちら、書籍の一 年間の発行点数は6万台にのぼっている(出版化学研究所調べ)。 当然、書店はそれらすべての本を並べるわけにはいかず、書店 は輸送された本の詰まった箱を開けることなく返品してしまう。 運よく書棚に並んだとしても、一週間もすればたちまち返本の 憂き目にあう。

そして人目に触れることもな く出版社に戻ってきた本は、余 分に刷っておいた表紙を巻さ直 し、ゾッキとして古本屋に買い 取られてゆく。

ゾッキのおかげで僕はかなり たくさんの魅力的な本を買った し、いまも買っている。なかに は大好きな人気映画監督のエッ セイ集や「え? この人、こん な本も出してたの?」と驚かさ れる本もたくさんある。ある出 版社のムックは、いつもどうい うルートなのか書店に並ぶ発売 日前に早くも神保町に山積みに なっている。僕の本も名古屋の 古本屋で平積みになっているの を見た。一般書店ではなくても 自著の平積みを見るのは気分が いい。

しかし喜んでいるのは、やは り間違っているわけで、これは 構造的に由々しきことなのだ。 一番の問題は「出版社の仕事が ”出版”にとどまってしまう」 点にある。言い方を変えれば、 単純に本の作り方・売り方が間 違っているのだ。

まず単行本の編集の進行を振 り返ってみよう。編集者が見張 っていなければすぐに飲み屋に ゲームに2ちゃんねるに逃げ て書こうとしないライターた ちの尻をたたいて、なんとか 入稿を終えさせる。続いてデ ザイン入れ、製版、写真分解、 装丁、ゲラチェック、色校、 印刷。この間はだいたい1ヶ 月半~2ヶ月くらい。編集者 にバトンタッチしたライター は、ここでやっと一息つき、 ひたすら惰眠をむさぼる。

そしてめでたく見本だし→出版となり店頭に並び、書評用にマスコミ謹呈本の発送を済ませ、一冊の本にまつわる作業は終了する。

しかし、これではいけないのだ。こんな悠長なことでは前述した返本のスピードに対応できていないことは、わかっていただけるだろう。書評用の本がライターの得意先の出版社に届き、記事が掲載されるとなると最低1ヶ月、長くて3ヶ月はかかる(しかも、これはよほど運の良い場合であり、書評や宣伝欄に載ることはひじょうに稀だ)。

ところが、書店は出版社に一週間で本を返してしまうのである。当然、書評や本の宣伝がいくつかの媒体に載った頃には、その本は書店には跡形もない。本来、ラッキーにも書店に並ぶこととなった一週間に書評や宣伝がジャストミートしなければ意味がない。なのに恐ろしいことにタイムラグが3ヶ月もある。

よっぼど熱意のある読者でもない限り、予約までして買わない。書評を読んで「面白そうだな、」と書店に出向き、もし目当ての本がなければ、自分のなかで一瞬盛り上がった「その本買いたい欲」は霧散するだろう。

そうするうちにお腹がすいていることに気付き、用意していたお金はマクドナルドのピリからポテトバーガーセットに変わって、胃袋があたたかくなったら、もうその本のことは忘れている。出版社はみすみすお客さんを逃がしているのだ。書評誌によると掲載金を取るところもあり(それ自体はまったく悪いことではない。出版をするなら宣伝費は当然用意すべさ経費だ)無駄金もいいところだ。

よく出版関係者は「どうして浜崎あゆみや宇多田ヒカルの3000円もするCDが300万 枚も売れて、1000円台の本は初版の2千部を売り切れないのか。若者が本を読まないで、この国の文化はどうなってしまうんだ」と嘆く。が、それは嘆くポイントが違う。本はCDに較べ販売のノウハウがあまりにも幼稚なのだ。

まず本は印刷ができあがってから宣伝をはじめる。だから動きが遅い。しかしCDはサンプルができあがってから2ケ月、 発売日に向けて徹底的にプロモーションをかける。

けっこう名のある歌手が自ら販売店に出向さ、有線放送をまわり、地方のラジオ一局をこまめにまわり、どんなミニコミのインタビューにも対応し、予約特典をつけて発売日を迎える。ところが本は書さ手が悠長に「本が売れないのは出版社が宣伝してくれないから」「サイン会は?」なんて平気で言ったりする。作家を持ち上げすぎ、甘やかしすぎなのだ。「レコード会社は予算も膨大だし、フォローする地方支社もある。それに歌手は芸能プロに所属している。出版社とは比較できない」 という考え方もあろう。しかし我々と置かれている立場がほとんど変わらないインディーズレーベルのアーティストが最善の努力を尽くしているのを目の当たりにすると、やはり出版社も書き手も怠慢であり、状況に責任転嫁していると思えてならない。

改善策としては、

・見本の刷り部数を増やし、発売前から販促活動をすること。

・入稿が終ったライターを遊ばせずに、「自分の本なのだから」と宣伝に走らせること。書さ手もいい加減大人なのだから、編集者がついてまわらなくても動けるだろう。僕らみたいなもんは、いくらでもケツ叩けばいいのだ。「ライターがぐうたらで」ということであれば、安価でもいいからギャラを派生させ、仕事として成立させればいい。それに書さ手の多くは「自著の宣伝ならどんな労も惜しまない。しかし勝手に動いてよいものか」と悩んでいる。本当は宣伝に動きたいのである(そうでないライターの本など、もう出さなくてもよい)。出版社は躊躇なくもっと著者をコキ使うべきであり、それはお互いにとって、とても良いことに違いないのだ。

「タレント本しか売れない」とよく言われるが、自分で書いたからとふんぞり返って出版の構造を破壊している我々ライターと、自分ではまったく書いてないけれど、ことあるごとにちゃんと本を宣伝をし、出版社に利潤をもたらしているタレントでは、いったいどちらが立派な「著者」なのか、と最近とみに思うのである。

吉村 智樹

フリーランスライター・放 送作家
『テレビライフ』『BUBKA』『ロック画報』など15誌に連載。古書ファンサイト『ふるほん横丁』に本にまつわるコラム連載中。テレビ番組『大阪ほんわかテレビ』『ZIP!』を碍成。近著に『ピックリ仰天 食べ歩きの旅』(鹿砦社)がある。

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